短編恋愛小説– category –
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短編小説「この胸、の飾らない言葉たち。」
第一章:君の静けさの隣で 好きだって、言えたらよかったのに──そう思った瞬間は、たぶん何度もあった。教室の窓際、帰り道の自転車置き場、駅の改札を抜ける後ろ姿。どれも言葉になりかけて、でも形にはならなかった。私はいつも少しだけ遅れていた。あなたが笑うそのタイミングの、ほんの一瞬後ろで、胸が跳ねる音だけを抱えていた。 あな... -
短編小説「舞い上がる花火が、僕たちを照らす。」
第一部:ひと夏の背中 祭りの夜というのは、なぜだか昔のことを思い出させるもので、それは浴衣の裾に触れる風が、普段は気づかないような記憶の埃をそっと撫でるからかもしれないし、提灯の灯りが、いつか見た夢の断片をぼんやりと浮かび上がらせるからかもしれない。夏の空は高くて、夜になると遠くなる。星が近いようで届かないのは、あれ... -
短編小説「言葉では言えないから、あなたが好きなの。」
第一部:沈黙の間に咲く花 放課後の図書室は、世界から切り離されたような場所だった。 窓際の席は西陽に照らされて、机の上に細長い影を落としていた。人の声はなく、紙をめくる音だけが時折聞こえる。そんな中に、いつも彼はいた。 ──佐々原蓮(ささはら・れん) 彼は、結衣のひとつ上の先輩だった。美術部に所属していたが、筆を動... -
短編小説「隣り合う背中の暖かさを、私は忘れないから」
第一部:背中の温度 放課後の音楽室は、冬の陽だまりの匂いがした。 西日がガラスをゆっくりと染めながら、床の木目に長い影を落としている。ピアノの蓋は閉じられていて、空気は静かだった。まるで、だれかの思い出がひととき息をひそめているみたいに。 笹本結衣は、音楽室の隅のベンチに座っていた。教室ではなく、部活でもなく、ただ... -
短編小説「きみのいない喫茶店で」
第一部:記憶の窓辺 喫茶店「珈琲ブルーノ」のガラス窓は、きまって午後の柔らかい雨を吸い込んで、曇りガラスのようにぼやける。その曇りの向こうで行き交う人々は、どこか別の時代に生きているように見えた。風景が滲むだけでなく、時間まで曖昧になっていく。川村麻衣は、そんなブルーノの午後が好きだった。 「……また、今日も、ね。...
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