誰かの恋愛日記– category –
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「本郷三丁目、風がすべてを知っていた」
2022年9月15日(木) 午後4時、本郷三丁目の交差点。 丸ノ内線の改札を出たところにあるドトール、その一番奥の席で、私は香澄の横顔を見ていた。注文したアイスカフェラテの氷が、コップの中で静かに解けていく。彼女は大学ノートを開いたまま、そこに何かを書いていたけど、ほとんど手は止まったままだった。手の中で握られたシャーペンが... -
「関内、午前0時の距離感」
2022年9月10日(土) 関内の「ジャズ喫茶ちぐさ」を出たのは、ちょうど23時半を過ぎた頃だった。 ライブは終わっていたけれど、古いウッドベースの余韻がまだ店内に残っていて、グラスに少しだけ残されたバーボンのように、夜がほんのり甘く濁っていた。私と湧(ゆう)は並んで店を出て、伊勢佐木モール方面に歩き出した。終電はまだ間に合う... -
「駒場東大前、午後4時のまぼろし」
2022年9月5日(月) 東大前の駅を出てすぐの、あの緩やかな坂道を、久しぶりに歩いた。 目黒通りまで抜ける細い道の途中に、小さなパン屋があって、その向かいのベンチが好きだった。駒場キャンパスの南門から出ると、すぐにそのベンチがある。そこに彼女――瑞季が座っていた。 駅前のマルエツで買ったのだろう、袋から少しはみ出たアイスティ... -
「渋谷の坂道、言葉の落としもの」
2022年8月20日(土) 午後3時。待ち合わせ場所の「渋谷モディ」の前に着いたとき、陽翔(はると)はもうそこにいた。小さめの黒いトートバッグを肩から下げて、Tシャツの裾をくしゃくしゃにして立っていた。手にはアイスコーヒー、片方のイヤホンは耳に、もう片方はぶらさがっている。あの感じ、たぶん時間よりずっと早く来て、音楽を聴きな... -
「線路の向こうに言えなかったこと」
2022年8月12日(金) 午後11時過ぎ、千葉駅の5番ホーム。空気は湿っていて、汗ばんだシャツの背中がべたついていた。由梨と並んでベンチに座って、飲みかけのミルクティーを足元に置きながら、私は彼女の横顔をちらちらと盗み見ていた。目が合うと気まずいから、あくまで自然を装って。だけど、気づいていたと思う。由梨はいつも、そういうと... -
「言葉よりも長く残るもの」
2022年4月28日(木) いつからか、同じ帰り道を歩くようになった。偶然が何度か重なったあと、もう「偶然」とは言えなくなってきて、けれどそれを「約束」と呼ぶにはまだ少し恥ずかしい、そんな不確かな関係の中で、私とそうたくんは、夕暮れの大学の坂を並んで下りていくのが当たり前になっていた。 今日は、講義が早めに終わって、ふたりで... -
「はじまりに名前はまだない」
2022年4月8日(金) 大学の新歓って、正直どこか気だるくて、人見知りにはつらい儀式みたいなものだと思っていたけれど、今日の午後、あの教室で彼と話さなかったら、たぶん私は今も同じように思っていたはずだ。第一印象なんて本当にあてにならない。彼は最初、少し無愛想に見えた。笑っていても目が笑ってない感じがして、きっと話しかけづ... -
「触れたら壊れそうな距離感で」
2025年4月13日(日) 春の夕方は、時間の流れが不安定になる気がする。日差しが長く伸びて、空はまだ明るいのに、心はなぜか夜の入口に足をかけているような、そんな感じ。そうたくんと今日はふたりで、美術館へ行った。大学から歩いて20分くらいの、小さな現代アートの企画展。誰が誘ったわけでもなくて、「行ってみようか」という軽い会話... -
「言葉にならないもののそばで」
2025年4月11日(金) お昼の空気がやわらかくて、時間が少しだけ緩んでいるような気がした。そうたくんと、学食で少し早めのランチを取って、そのあと図書館の裏で話した。あそこは人が少なくて、風の音がよく聞こえる。私が好きな場所。けれど今日は、そうたくんがそこを選んだ。 特に何かを話したかったわけじゃなかった。でも、話したくな...
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